北九州・関門2007
2007年夏、北九州、関門界隈で見たものの備忘録。地元の方々にとっては何にも珍しくないもの達です。

はやぶさで博多に着くと、こどもの本の中でしか見たことのない車両ばかり。

先ずはゆふいんの森、キハ71です。

次に、白いかもめ885系。この車両は、なかなかまとまったデザインだと思います。

リレーつばめの787系。

同じく787系ですが、こちらは有明。赤く「ありあけ」のロゴも入りリレーつばめ用車両と微妙に違います。

ただ有明とリレーつばめって、走っているところはほぼかぶっているような気がするのですが使命が違うだけ?
そもそも九州新幹線開業前の鹿児島本線における有明とつばめの違いを理解してません。あのころは車両も違って速達性も違っていたのかな?

普通交流電車は、まったく未知の世界です。赤いのと白いのがあるようです。


今回は福岡ゾーンを使って周遊きっぷを組んだのでゾーン内の特急自由席は乗り放題でした。

というわけで博多二日市の僅か10分余りを有明で移動。

西鉄二日市までバスで行って、西鉄太宰府線に。よく考えたら生まれて初めて西鉄に乗りました。確か小学生のころには既にあった西鉄5000。なんで左右非対象なんだろうと思いました。

二日市に戻ってJR普通電車。

この後有明で小倉まで行き、小倉から宿をとってあった下関まで向かいました。関門間普通電車はまだ415系の独壇場です。JR九州の新形式が交流電車で登場していることが幸いしていますね。


トンネルをくぐって下関。元大目玉がよくわかる115系です。

下関の駅前には31年前と同じ塗装のバスが集まっていてちょっと嬉しくなったのでバスの写真を。

翌日、10時のチェックアウトの前に、門司まで富士ぶさを見に行きました。

まずは下関でクリームにブルーのラインの先駆者、2扉転換クロス、117の体をもった115系、115系3000番台です。自らはJR西色になっていました。

下関でこんなものも発見。オリジナルシティライナー色の117系です。一段昇降窓の100番台。自分の中では117系の完成形とみなしてる100番台がオリジナル塗装で残っていて感激です。残念ながら4両編成でしたがクハ117モハ117モハ116クハ116の各々101で組んだ117系100番台トップナンバー編成でした。極めつけは大ミハ標記。何故なんだろう謎です。



山陰線のキハ47。省力化の極み首都圏色よりこの方が良いかも。

トンネルをくぐって門司に向かいます。

EH500の貨物。EF81の活躍の場を確実に狭めていますね。ちなみにこれはこどもが撮った写真。親はカメラの用意が間に合わなかったので。

続いて下関に向かう、EH500の重単。EF81だったら4重単だったかもと思うと惜しいです。

やがてお目当ての富士ぶさ入線。300番台をJR九州にまわしてくれていれば華があったのですが。

はやぶさ牽引のED76。赤い車体に九州型、九州色のはやぶさのヘッドマークが決まります。


はやぶさが熊本に向かって出ていくと、富士のED76の登場です。個人的にはヘッドマークは丸いブルートレインオリジナルの方が。

かつては行程の3分の1、時間にして9時間程かけて西鹿児島に向けて門司を出発した富士ですが、今は門司を出たら終点大分まで2時間足らずです。

富士の出発を見送ったらまたトンネルを抜けて宿に戻りチェックアウト。今度は門司港まで関門海峡を船で向かいました。トンネルばかりも飽きるので船も新鮮でよいものです。

ここからは、門司港にある九州鉄道記念館に展示してある車両たちから。

C591は何故梅小路に行かなかったんでしょうね。基本的に最若番を集めてたはずですが。

クハ481は東北で余剰になったクロからの改造車でした。

交直流のひげをどんどん消し去っていた九州風も再現してほしかった(^_^)クロ481は、あいづ、ひばりの印象が強いですね。臨時のひばりで乗ったことがあります。確かGWの家族旅行で臨時のグリーンしか取れなかったでやむなくでした。

一方、クハネは近郊型に改造されたものを塗装を戻したものでした。

よって一部のまどは開閉するし、室内はデッキもなくロングシートもあってちょっと。

ED72は1号機です。ライトが量産型と異なり趣を異にします。これはこれで貴重ですが普通のED72か73も見たかったです。

EF10は関門由来でここに安住。ステンレス無塗装機も確か存在していたはずです。関門の主という意味では碓氷のEF30にとってはここが落ち着くべき場所という気が。

さてせっかくの周遊きっぷなので、日豊線はどこまで行けるのか見てみると、大分の入り口、中津まで行けるようです。時刻表で確認すると小倉からソニックで30分、まあそこそこ乗っていられそう。というわけでソニックに乗ってみました。883系は、全身青い装いでした。個人的には特急用車両は塗装してあってほしいのでオリジナルよりこのほうが良いかも。30分乗車ですが、時刻表をみると距離は50km以上、つまり表定速度100km/h以上。実際乗っていても速く感じました。

中津に着くと、こんな車両が止まっていました。オリジナル国鉄色の415系です。この色の電車を見るのは何年ぶりでしょうか?それにしてもどういう経緯でこの色なんでしょうね。

さて帰りの寝台特急の時間もあるので、中津に長居もできずとんぼ帰りでまたソニックで小倉に戻りました。幸運なことに帰りは885系でした。「白いソニック?」と思ってよく考えたら「あれ?これ黄色だからかもめ用だ」ということに気づきました。これって珍しいことなのかよくあることなのかは不明です。

885系かもめソニックは先頭車でした。運転室との境がガラスになっていて前方が眺望できるんですね。

787、883、885と最近の九州を代表する電車特急に少しずつでも乗れたのはラッキーでした。

小倉でキハ47。関門両側でみることができました。今や「古いディーゼルカー」といった感じの位置づけでしょうか?

最後は門司に戻って、帰りの富士を待ちました。

JR化後初めて訪れた九州は、見るもの乗るものみんな新鮮でした。485系のひげをなくすことから始まり変な色に塗って試行錯誤してみたりといろいろいじり倒した結論からか、新しい交流特急電車はそれぞれまとまった内外装を持ち、好感が持てました。かなりレベルが高い仕上がりだと思います。一方関門間は国鉄型の最後の砦といった感じで、EH500がそれを崩し始めているという印象でした。